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タンマガーイ寺院へようこそ
社会の平和と発展は,物理的技術の発展によるものだけではなく、精神の向上も大切な要素です。その精神的なものは、自分と社会、世界に対しての責務をもたねばなりません。 どの国においても、もし社会に対する責務を持つ人がいるのなら、『社会と世界の人々から何を求めるのではなく、自分が何をできるのか考えること』でしょう。 ルァンポー・タンマシャヨー住職の指導の下でタンマガーイ寺院とタンマガーイ財団は、社会への責任を持つものとして誕生しました。 そして、社会と世界平和の発展のために、これまで39年間変わらずに活動しており、これからもその活動を繰り広げていく決意です。
タンマガーイ寺院の歴史

総本山タンマガーイ寺院は瞑想を実践するのにふさわしい寺院です。これは、プララーシャパーワナーヴィス大師(=ルアンポータンマシャヨー)とクン ヤー イ・アージャーン・ジャンの堅い決意のもとに生まれました。仏陀が存命されていた時のように、心爽やかに落ち着かせ瞑想が出来るようにという、堅い決意で す。そして「良い寺院、良い僧侶、良い人の育成」という構想も打ち立てました。これまでの四十年間、タンマガーイ寺院は人々の心に道徳を植え付け、今の時 代にかけていて、かつ世界中の人が必要としている、良い人間を育ててきました。現代社会の問題は、道徳の欠けている人々が起こす事件が多くいました。これ を感じたルアンポーは社会問題を解決するために、これが最適な事だとタンマガーイ寺院を人々が集まり、良い事をする場所にしたいと考えたのです。
寺院を訪れる人々は、当初数百名だけだったのが、数年で数千人、数万人と増えていきました。命をかけて寺院建設を行ったルアンポータンマシャヨーと ルア ンポーに賛同した仲間達がいなければ、このような成功を収めることは出来ませんでした。ルアンポーは、瞑想によって人々がタンマガーイに到達し、本当の意 味の心の幸せを感じて欲しいと思ったのです。この地球に暮らす人々がこの幸せを得ることで、争いのない世界、そう本当の平和がもたらされるでしょう。

プララーシャパーワナーヴィス大師(=ルアンポータンマシャヨー) はガセサート大学在学中にクンヤーイに出会い、瞑想をするようになりました。クンヤーイ の指導のもと、瞑想をすればするほど、タンマガーイへの悟りの道という価値、プラモンコンテープムニー大師の偉大さに心を打たれたのです。そして大学卒業 後、一九六九年八月二七日、パクナム寺院の本堂でプラテーパウォンウェーティ(現在のパクナム寺院住職)から許しをもらい出家し僧侶となりました。
それ以降、ルアンポーは瞑想に興味のある人々に対し、パクナム寺院の中にあるパラシット瞑想室を利用し瞑想指導をするようになりました。その数は瞬 く間 にふくれ上がりました。瞑想をしにくる人々が増えたことをきっかけに、クンヤーイと相談した上で、2人は新しいお寺を作り、そこで瞑想指導や仏教の教えを 説こうと決めたのでした。そして、数名の仲間を集め、「仏教がより人の心へ伝わりやすく、瞑想をするのにふさわしい、静かで清潔な寺院」を目標にタンマ ガーイ寺院をいちから作りはじめました。
ルアンポータンマシャヨー、クンヤーイ、僧侶、信者が力を合わせ団結して、何もなかった一九六ライの土地を木々・草花の茂る誰もがここを訪れると心 を休 ませることのできる場所帰ることができました。それはまさに、釈尊の時代にあった寺院の姿を再現したかの様な静かで心の安らぐ、瞑想をする者にとっての楽 園といっても過言ではないでしょう。

堅い決意をもって
総本山タンマガーイ寺院の生みの親は住職であるルアンポータンマシャヨーとクンヤーイです。この2人の強い決意が寺院を作る原点となり、仏陀の教えが人々の心に染み入るようになりました。世界に本当の幸せが来る日を願い、この寺院は創られたのです。
ふたりの強い決意は、プラモンコンテープムニー大師から受け継いだものです。大師は命を掛け瞑想に励み、タンマガーイに到達することができました。 一九一 七年十月の満月の夜、バンクーウィアン郡ボーボン本寺院で、大師は悟りを開いたのです。それは仏陀が涅槃に行かれてから500年後のことでした。大師は悟 りを開くと、それからは仏陀の教えやタンマガーイ瞑想法を多くの人に広めることに努めました。この行為でパクナーム寺院を有名な寺院へと押し上げました。 たくさんの弟子達にこれまでに教えたタンマガーイ瞑想法を世界中へ布教するように言い残し、一九六〇年にこの世を去りました。
クンヤーイはタン マガーイ寺院の生みの親のひとりです。プラモンコンテープムニー大師に「二番目はいない」と言われた人物です。クンヤーイは大師の遺志を継ぎ、数名の仲間 とインプラヤット・ペータヤポンサーウィスタヤーティバディーが布施として提供してくれたパトゥムタニー県クローンルアン郡クローンソーイ区にある一九六 ライ(約九万七千坪 1ライ=千六百㎡=約四八五坪)の田んぼだった土地を自ら切り開き、一七九〇年のマーカブシャーデイにお布施された二三〇〇バーツを 基にしてタンマガーイ寺院の前身であるプッタジャック瞑想部屋を創りました。その後、広くタンマガーイ瞑想法を布教していくために、タンマガーイ寺院と名 づけました。そしてル、その時からアンポータンマシャヨーがタンマガーイ寺院の住職として多くの方々に仏教の教えを説き、瞑想指導をしています。
