タンマガーイ寺院の歴史
総本山タンマガーイ寺院は瞑想を実践するのに相応しい寺院です。こ れは、プララーシャパーワナーヴィス住職(=ルァンポー・タンマチャヨー)とクンヤーイ・アージャーン・ジャンの堅い決意のもとに生まれました。仏陀が存 命されていた時のように、心を爽やかに落ち着かせ、瞑想が出来るようにという堅い決意です。そして「良い寺院、良い僧侶、良い人の育成」という構想を打ち 立てました。これまでの40年間、タンマガーイ寺院は人々の心に道徳を植え付け、今の時代、かつ世界中の人々が必要としている良い人間を育ててきました。 現代社会の問題は、道徳の欠けている人々が起こす事件が多くなっていることです。これを感じたルァンポーは社会問題を解決するために、最適な方法としてタ ンマガーイ寺院に人々が集まり、良い事を行なう場所にしたいと考えたのです。
寺院を訪れる人々は、当初数百名だけだったのが、数年で数千 人、数万人と増えていきました。命をかけて寺院建設を行ったルァンポー・タンマチャヨーとルァンポーに賛同した仲間達がいなければ、このような成功を収め ることは出来ませんでした。ルァンポーは、瞑想によって人々がタンマガーイに到達し、本当の意味での心の幸せを感じて欲しいと願ったのです。この地球に暮 らす人々がこの幸せを得ることで、争いのない世界、そう本当の平和がもたらされるでしょう。
プララーシャパーワナーヴィス住職(=ルァンポー・タンマチャヨー) はカセサート大学在学中にクンヤーイに出会い、瞑想をするようになりました。クンヤーイの指導のもと、瞑想をすればするほど、タンマガーイへの悟りの道と いう価値、プラモンコンテープムニー大師の偉大さに心を打たれたのです。そして大学卒業後、1969年8月27日、パークナーム寺院の本堂でプラテーパ ウォンウェーティ(現在のパークナーム寺院住職)から許しをもらい出家し僧侶となりました。
それ以降、ルァンポーは瞑想に興味のある人々に 対し、パークナーム寺院の中にあるタンマパラシット瞑想室を利用し、瞑想指導をするようになりました。その数は瞬く間に膨れ上がりました。瞑想に来る人々 が増えたことをきっかけに、クンヤーイと相談した上で二人は新しいお寺を作り、そこで瞑想指導や仏教の教えを説こうと決心されたのです。そして、数名の仲 間を集め、「仏教がより、人々の心へ伝わりやすく、瞑想をするのに相応しい、静かで清潔な寺院」を目標にタンマガーイ寺院を作りはじめました。
ルァ ンポー・タンマチャヨー、クンヤーイ、僧侶、信者が力を合わせ団結し、何もなかった196ライの土地を木々や草花の茂る人々がここを訪れることで心休まる 場所へと変えていくことが出来ました。それはまさに、仏陀の時代にあった寺院の姿を再現したかの様な静かで心の安らぐ、瞑想をする者にとって楽園といって も過言ではないでしょう。
堅い決意をもって
総本山タンマガーイ寺院の生みの親は住職であるルァンポー・タンマチャヨーとクンヤーイです。この二人の堅い決意が寺院を作る原点となり、仏陀の教えが人々の心に染み渡るようになりました。世界に本当の幸せが来る日を願い、この寺院は創られたのです。
二人の堅い決意は、プラモンコンテープムニー大師から受け継いだものです。大師は命を掛け瞑想に励み、タンマガーイに到達することが出来ました。1917年10月の満月の夜、バンクーウィアン郡ボーボン本寺院で、大師は悟りを啓いたのです。それは仏陀が入滅してから約2500年後のことでした。大師は悟りを啓いてから、仏陀の教えやタンマガーイ瞑想法を多くの人々に広めることに努めました。この行為でパークナーム寺院を有名な寺院へと押し上げました。 たくさんの弟子達にこれまで教えたタンマガーイ瞑想法を世界中へ布教するようにと言い残し、1960年にこの世を去りました。
クンヤーイはタンマガーイ寺院の生みの親の一人です。プラモンコンテープムニー大師に「二番目はいない」と言われた人物です。クンヤーイは大師の遺志を継ぎ、数名の仲間 とインプラヤット・ペータヤポンサーウィスタヤーティバディーが布施として提供してくれたパトゥムタニー県クローンルアン郡クローンサーン区にある196ライ(約9万7千坪 1ライ=1600㎡=約485坪)の田んぼだった土地を自ら切り開き、1970年のマーカブシャーデイにお布施された2300バーツを基にしてタンマガーイ寺院の前身であるプッタジャック瞑想部屋を創りました。その後、広くタンマガーイ瞑想法を布教していくために、タンマガーイ寺院と名付けました。そして、その時からルァンポー・タンマチャヨーがタンマガーイ寺院の住職として多くの方々に仏教の教えを説き、瞑想指導を行なっています。
寺院の意思
外界の平和は心の平安より
人間は誰もが自分の安楽、そして社会の平和を求めるでしょう。多くの人々が学歴・財産・地位・名誉があれば幸せになると考えて一生懸命に仕事をしています。しかし、人々の実態を眺めてみると、大学者・大金持ち・国々の指導者達は必ずしも幸せでは無いようです。場合によっては一般の人々よりも悩みが多いかもしれません。そうすると、どうしたら幸せになれるのかという疑問が生じます。ここに幸せへと導くお釈迦様の教えを紹介します。
仏教の教えでは、幸せになるためには確かにある程度の財産なども必要であるが、それらの他に以下の三つの要因が欠かせないものであると言われています。
1.布施:この布施の目的はお互いに助け合い、護り合うことにあります。ただ、物を他人に上げるだけではなく、自分の心から怒りや忌みを追い払い、いつでも素晴らしい気持ちで善意をもって人々に接することもこの布施に含まれます。それは無畏施と呼ばれます。
2.持戒:五戒。つまり不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不飲酒は基本の戒律です。戒律を守る目的は自分と他人を傷つけないことにあります。ある人は自分の利益のために他の生き物を殺し、他人の財産を盗み、淫らな行為、嘘をついたりしています。それは長い目で見れば決して幸せにはなれません。その罰はいつか必ず自分に戻ってきます。もし、自分が殺されたり、財産を奪われたり、愛している人が淫らな行為をされたり、騙されたりしたらどんなに苦しむかとよく考える必要があります。他人に同情して行動することも持戒に当たります。酒を飲むことは自分を傷つける持戒に反することです。
3.瞑想:瞑想の目的は心を安定させることです。心が安定すれば自然と清らかになります。安定し、清らかな心を持っていない人は良い事をしようと思っても欲望に負けて悪い事を行なってしまいます。このように瞑想は布施や持戒など善行を仕えるものです。
他人を助けず、他人を護らず、利益があれば他人を傷つけてもかまわないと思い、心が不安定で汚い人は大金持ちであっても、威力があっても決して幸せになりません。しかも、そのような人は社会に不安をもたらします。
反対によく他人と助け合い、護り合い、自粛して正しい生活を送り、安定し清らかな心を持つ人はごく普通の人であっても幸せになります。そして、このような人が多くなれば、その社会は平和になります。
このように布施・持戒・瞑想は修習している人に心の安定をもたらし、同時に社会の平和をもたらします。これは仏教徒に限らず、全人類共通で、普遍的なものです。
ターナヴットー
タンマガーイ寺院活動
宗教法人タイ国タンマガーイ寺院の活動内容
当寺院ではタイ人僧侶によって上座仏教(釈尊から伝えられた伝統仏教)の教義を主体とした法話、瞑想指導を行い、在家信者の心身の安定向上、生活の安定向上を促しています。当寺院は終日開院し、常時僧侶が在院しています。ご興味のある方は、ご自由にご来院下さい。
平日の布教行事
出張説法会・在家信者の依頼(冠婚葬祭を含む)で出張。地域を問わず、依頼があれば週末も僧侶が出向き、法話会、瞑想指導などを行います。
毎月第ー日曜日の行事とその他日曜日の行事
06:00 鉢寺院内で行います。在家信者が持参した飲食物を僧侶の鉢にいれて献上します。
07:20 五戒を授かる受戒式・僧侶への食事献上式・読経などを在家信者が皆で読経します。
09:30 タイ国タンマーガーイ寺院総大瞑想場で住職の法話に従って瞑想します。
11:00 昼食
13:30 説法
15:30 終了
Top年中行事
マーカブーシャー・・・2月の満月の日1250人の阿羅漢が仏陀の下に集まり重要な説法を受けた日。説法を受け、瞑想をし、皆がろうそくを灯してお釈迦様に捧げます。
ウィサーカブーシャー・・・5月の満月の日(行事はすぐ後の日曜日に合わせます)。仏様の誕生・悟り・入滅の日。説法を受け、瞑想をし、釈尊の悟りに感謝します。
日本短期出家コース・・・毎年8月間程、男性を対象に短期出家を体験することができます。参加者は剃髪し、出家者としての227戒律を遵守し、上座仏教教理の修学及び瞑想修行を行います。www.odinationthai.org
国際短期出家コース・・・毎月定日に行われます。詳細はwww.odinationthai.orgにご覧ください。
ガティナ式・・・雨安居明け(10月の満月の日)の後一ヶ月以内の日曜日。僧侶に衣を献上して功徳を積む儀式です。
女性在家者の仮出家コース・・・年10回、1日コース。8戒律を遵守し、上座仏教教理の修学及び瞑想修行を行います。
合宿瞑想修行会・・・自然の多い景勝地で僧侶と在家者が合宿を行います。在家信者が説法を受け、瞑想をし、タイ仏教の実践を習得します。
上座部仏教とは
釈尊在世の教理、思想をセイロン(現・スリランカ)、ビルマ(現・ミャンマー)、タイ、カンボジア、ラオスなど東南アジア方面に忠実に伝わった仏教です。それぞれの国の僧侶は、釈尊が悟りを得た時に行った瞑想を規範として、忠実に従い瞑想を実践しています。また、上座部仏教がパーリ語という一種の古代インド語で書かれた三蔵聖典を使用しているので、パーリ仏教とも言います。大乗仏教では上座部仏教を含め部派仏教全体を指して小乗仏教と呼び、日本もそれを受け継ぎました。しかし「小乗」とは「大乗」に対して「劣った教え」という意味でつけられた蔑称であり、上座部仏教側が自称することはありません。世界中で仏教徒の交流が深まった近代以降には相互尊重の立場から批判が強まり、徐々に使われなくなりました。1950年6月、日本の伝統仏教各派も加盟する世界仏教徒会議(WFB)第一回世界大会がコロンボで開催された際、小乗仏教という呼称を使わないことが決議されました。








