2011 April
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April 27, 2011
体は病んでも、心は元気
人間の体は老い、衰えていくものです。しかし、たとえ体が衰弱したり、敵に傷つけられたりしようとも、心をはっきりと澄んだままに保つことはできます。くるしんでいるまっただなかでも、心を安らかにすることができます。
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体とは車、飛行機、自転車などの乗り物のようなものです。私たちが体を使うのであって、逆に体に使われてしまうべきではありません。心を制することができれば、肉体的な苦しみに直面しても、心は自由ではっきりと澄んだままに保つことができるのです。
ブッダはおっしゃいました。 (more…) -
怒りに支配されると、自分や周りの人を傷つけてしまいます。怒りは心と体を燃やします。顔は赤くなり、心臓は衰弱して手が震えます。
最初になすべき義務は、自分自身を護ること。そこで「私自身を傷つけませんように。私が怒りかれ離れられますように」と言うのです。怒りを分析すれば、怒りそのものは存在しないことに気づけます。常に何か他のものによって条件づけられているのです。怒りを発する「私」はありません。そこには現象しかないのです。 (more…)
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ある時、私は今までの習慣と違った場所に行かなければなりませんでした。新しい環境の中で自分の心の悩みを感じました。その時、ある言葉で助かられました。それは「今と生きること」です。
幸福の秘訣は、私たちの目の前にあるものとしっかり向かい合うこと、いまという瞬間を精一杯生きることです。過去に遡ってやりなおすことはできません。過去はすぎたことです! (more…)
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ブッダはおっしゃいました。
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「私はただ二つのことを説いた。それは、苦しみと苦しみの消滅である」
苦しみの原因とはなんでしょうか。それは執着から生じます。心のなかで「そのようになってくれれば」と思ったら、そこには苦しみがあります。逆に心のなかで「あのようになった」と思っても、やはり苦しみがあります。心がそこにとらわれている限り、苦しみは存在します。心が静かに落ち着いた時に、安らかで自由になるのです。
執着には渇愛、怒り、恨み、貪欲などと呼ばれています。執着は、脱皮する蛇のようなものです。固い執着の皮のしたには、いつでも新たな執着の皮がひそんでいます。 (more…) -
幸運があり、運が尽き、高位に上り、落ちぶれ、ほめられ、けなされ、楽あり、苦あり、とこの八つの世道は人が常に出会っています。自分だけが不幸ということはありません。だれでもこの世道に常に出会っています。でも大切なのはそれに対して自分の心がどのように対応するのかです。 (more…)
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